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2014年5月

2014.05.30

グリーンセイバーの活動を紹介する新サイト。

グリーンセイバーの活躍を紹介する新しいサイトを開設しました。

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2014.05.26

おぐらの森イベント報告

少し報告が遅くなってしまいましたが、5月10日、よい天気に恵まれ、

パラッツオ東京プラザの社員とそのご家族の皆さんが、

協働で森づくりをしている、おぐらの森に集まりました。
Photo

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2014.05.18

武蔵野WGの活動報告

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5月17日(土)、武蔵野の森でD地区のポイントコドラート調査が行われました。

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2014.05.07

二宮竹の里 活動だより(閑貞桜:桜守の話)

活動日:4月吉日

本文の記述時(5月GW後半)、桜は北海道あたりで咲き出して各地で話題になっている?だろうか。

桜のことについては、全国の有名な桜の名所も数知れずあり、また有象無象の輩の蘊蓄語りも
枚挙に遑がないほどで、もううんざりの感もお持ちだろうが一寸辛抱して読まれたい。


当フィールドの片隅に、知る人ぞ知る「原の閑貞桜」の分身が植えられている。
まだまだ成長過程だが今年もたくさんの花が咲いた。(以下画像)

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本物の「原の閑貞桜」は残念なことに2011年に枯死してしまったようだが、

当フィールドにその桜の子孫が植えられたいきさつを紹介する。


(1)原の閑貞桜(はらのかんていざくら)とは

(筆者は本物の初代「原の閑貞桜」は見ていない。netのdataに頼る。)

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(この画像は「長野県信濃町観光協会HP」から拝借した。

2010.4 撮影のものであるが、満身創痍・枯死寸前の画像であろう。涙・涙である。)

場所:長野県信濃町平岡原

名前の由来:江戸時代中期(享保年代;1730年頃)旅僧の「閑貞」がこの地に庵を結んだ時、手植したものらしい。
推定樹齢280年。
『「閑貞」は身の丈六尺の巨漢。由井正雪の孫で倒幕勢力の一味とも見られている。

赤穂浪士が主君の仇を討ち(1703年1月)泉岳寺に引き上げる際に酒屋の

奉公人でありながらも4斗樽の酒を振舞ったというエピソードもあり。

しかし、当時の幕府の取り締まりの目厳しく江戸を逃れて信州に入りついに

当地にて仏門に身を投じた。』とのこと。

この桜の背後には「閑貞」の墓も残っているそうな。

桜の木:形状は根元から1.5mの高さで東西に主幹が分かれ樹高、幹回りは約6m。
エドヒガン系シダレザクラ。

長野県の天然記念物に指定(昭和42年)された。
しかし、2005年頃から樹勢衰え始め2011年5月に枯死。

現在指定は解除された。

現在、隣接してクローン枝の接ぎ木による二代目が生長しているとのことである。


(2)当フィールドに植えられた経緯

作家ニコル氏が「アファンの森財団;長野県の黒姫の森を守るために財団を設立」
したことはご存知と思うが、この「アファンセンター」と閑貞桜の地とは同じ町内で

あるからして、氏もこの桜を能く愛でたであろう。

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前述したようにこの桜は近年樹勢が衰えてきたため信濃町行政や町の観光協会は

救済/復活に乗り出し、樹木/植物に関しての技術集団である「アファンの森財団」に

その手立てを要請したのだろう。

そのことからわがNPO「聚」のメンバーの樹医や、あるいは樹木医等の専門者に

声がかかり色々と治療に取り組んだのだが・・・。

数年の取り組みの結果、しかし結局、老木でもあって時すでに遅し!
であったのだろう、効果なく復活はならなかったようだ。

だが、まだ元気なうちに子孫を残すべく手を打ちクローン枝を生育していたようだ。
当時、アファンの森の活動にも参加していたメンバーがその1本を預かってきた。

7年前の2007年のことである。

苗木は早速、フィールドの片隅の日当たりの良い場所に植えられたのである。

今思えば、これほど速く育つとは予想だにしなかったのだが、当地は温暖なうえ、
我らの水やり、施肥、整枝等の世話をこまめに行った結果であろう、

ぐんぐん育って現在に至っている。


(3)クローン閑貞桜の画像

①移植時は高さ1m、直径1cmに満たない程の苗木が3年後の
2010年4月には人の背丈程に成長して初開花した。

初めての花ゆえ、花房は全部で十数個ほどしか咲かなかったが、

誠におめでたきことである。

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②翌年2011年4月、さらに幹は成長して前年の倍ほどの花が咲いた。

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③昨年2013年、この年は全国的に桜の開花が早かった年であるが、

当地でも3月22日には花が咲き、その数はもう数え切れないほど咲いた。

幹も太く成長して高さは人の背をはるかに超えた。
 

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花を観察すると、少し小ぶりだが花びらの先が淡い桜色を呈している。

そして下向きに恥ずかしそうに咲く風情はまるでリンゴのような赤いほっぺをした

あどけない信濃っ子童女のようであろうか、あるいは、ちょっと視点をかえてみると

このはかなげな感じは、信州の凜とした空気に育ったつつましやかだが

芯が強くしっかり者の大人の女性のようでもある。

かつて、信州松本で青春の一時期を過ごした筆者としては思い出がよみがえり

実に好感の持てる桜と感じている。


④本年2014年4月1日  下の画像のようにさらにたくさん咲いてくれた。
今後、数年後にはもっと大きく咲いて欲しいと思う。

能く有名な一本桜が滝の如く流れているかのように咲いている映像を目にするが、

当地の閑貞桜もそれに匹敵する姿にならんことを期待する。

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(4)番外:当フィールドのシンボリックツリーのヤマザクラについて

当フィールドの斜面の中央に大きなヤマザクラがある。
2002年、フィールド設立当時は数十年の間、繁茂してきたマダケに激しく押されて

息も絶え絶えの状況にあったのだろう、枝も能く伸ばせないありさまであった。

しかし、我らがマダケを伐採除去等の活動整備が効を奏したようだ。

日当たりが良くなったのであろう、年々樹形も大きく生長し毎年4月の初めには

見事な満開の花を見せてくれている。(以下写真)

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今後も、我ら桜守!がますますこまめに手入れをせねばと思っているが、

さらに各季節を彩る樹木/花木/野草にも焦点をあてて活動を進めたい。

以上 (磯川 作成)

二宮竹の里 活動だより(野草を天ぷらにして食し春を体感する話)

活動日:2月23日/3月8日/4月12日

当二宮・竹の里フィールドでは、春いちばん先の2月頃に出て来る「フキノトウ」に始まり、
3、4月の野草・山菜・木の芽/葉等を天ぷらにして食するイベントが春の習わしに

なっているので紹介する。


(1)フキノトウの天ぷら

今年は二宮在住のメンバーが「自分の畑の土手から採ってきた。」という
まさに二宮地元産の「フキノトウ」を持って来てくれた。

早速、天ぷらにして昼食のおかずにしたが、野草/山菜類の天ぷらを皆で食すると、

「旨い!。おいしい!」の連発で話も弾み、「今年も早くも春が来たな!」と実感できるのである。
(以下写真)

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「フキノトウ」は独特の香りとほろ苦さがあるが、この苦みが我ら大人の口には

すこぶる良く合い、体をシャキッとさせてくれるようだ。

冬眠から目覚めた熊も最初にフキノトウを食べるという・・・・。


<ここにあらためて、フキおよびフキノトウについて記す>

①成長が速く生命力旺盛な野草。採取に楽なように身近な畑に移植などしようものなら
数年で一面にはびこってしまい退治に一苦労するほどだ。

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②「フキノトウ」を食すと体の新陳代謝を促進してくれて、冬の体から春の体に目覚めさせてくれる。

このことで世に言う「デトックス効果」や「アンチエイジング効果」が期待できるというが・・・。

また、花粉症にも効くとかいわれているが・・。(個人差もあるので何とも言えない・・・。)

③「フキノトウ」に含まれている「フキノトシン」は発がん性物質と言われている。
また、含有している植物アルカロイドは大量に摂取すると下痢等を起こすことがあるという。

おいしいからと言ってむやみに大量に食べるのは注意だ。

④毒草の「ハシリドコロ」(ナス科)は地中から出てきたばかりの姿が「フキノトウ」に
似ている(画像で確認して下さい!)ので採取には要注意!

※『世間では「山菜」や「キノコ」等の採取の季節になると、
「そっくりな有毒なものを採ってきて食してしまった。」事故が後を絶たない。

猛毒性の植物を食した場合、命の危険にも及ぶこともあり、

採取にあたっては細心な慎重さが求められる。

また、自信が無い時は勝手に判断せずに知識を十分持っている人に見てもらうことが肝要である。』


(2)突然のゲスト来訪に野草の天ぷらで「お・も・て・な・し」

当日、突然、U大学の女子学生3名が初参加して来た。
ミカンの木への施肥作業を手伝ってもらったお返しに野草の天ぷらを食してもらうこととした。

食材はフィールドに自生している「フキノトウ」をメインに、この時季ちょうど出てきた「春シイタケ」、

林に咲いていた「ヤブツバキの花」、ミカンの木に採り残した「寒ざらしのミカンの皮」のほか、

畑で栽培中の「ナノハナの蕾」や「ニンジンとその葉」の春野菜も添えた。

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学生さん達はまさに現代っ子。「フキノトウの天ぷらは初めて食べました!こんなにおいしいとは!」と、

半分お世辞!?とはいえ日頃はラーメンだ、パスタだ、スイーツだ・・・などが常態の彼女らには、

野外での素朴な野草の天ぷらがまた格別のものと感じてくれたようだ。


(3)春、うららかな日の昼のおかずは野草/山菜の天ぷらと和え物で

桜の花の盛りは過ぎて葉も出てきた頃だが、まだ名残りの花は咲いている
そんな雰囲気のうららかな春の日だ。

今日はシイタケの植菌とミカンの苗木の植付けなど汗だくの作業日であった。
昼は野草/山菜の天ぷらや和え物等のおかず作りに女性陣が頑張ってくれて、

山菜摘みにあたっては野草や漢方の植物にも詳しいメンバーが加わったことで、

これまでとは違う食材が採取された。

当日の食材と料理を以下に記す。


<天ぷら>ハコベ、スイバの花穂/茎、ノビルの根/茎、ノゲシの根、タンポポの花、
スミレの花/葉、ハルジオンの花/茎、マユミの若葉、アケビの芽、ハリギリの若葉、

ツルドクダミの芽、スイカズラの芽


<おひたし/あえ物>ノゲシの葉のオーロラソース和え、ウシハコベのからし和え、
タンポポの葉の胡麻和え、


<味噌汁>ミツバとノビルの葉
<生みそ>ノビルの根

以下に、天ぷらの写真を示す。

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ちょうど前週に聚本部主催の「野草講習会」に参加したメンバーがいて、

早速、和え物やお浸しなど新たなメニューに挑戦してもらった。

その時の料理の要領やレシピの一部を紹介する。

①野草はきれいに洗い水をきる。

②野草の和え物は茹でてから使う。

③お浸し用は塩を入れて茹でて、水に浸しあく抜きをする。

④和え物のソースの例

胡麻和え・・・・・・・白すりごま1:しょうゆ1:砂糖1
からし醤油和え・・練りからし1:しょうゆ2
オーロラソース・・・マヨネーズ1:ケチャップ1

⑤くせのない野草は醤油ベースのあっさりした和え物が合う。

⑥苦味や香りの強い野草はマヨネーズで和えるとまろやかになる。


(4)「スイバ」を食した時、「スカンポ」で話題となる

「スイバ」のことを別名「スカンポ」ともいう(らしい)が、昼時に
「小さい時スカンポの咲く頃という童謡を歌ったことがある。」との話があった。 

筆者は幼い頃この童謡は全く歌った記憶がなかったので後で調べたところ、色々な事がわかった。
以下にその歌詞を記す。

童謡「すかんぽ(酸模)の咲くころ」(北原白秋 作詞、山田耕作 作曲)
 土手のすかんぽ、ジャワ更紗(さらさ)
 昼は蛍(ほたる)が、ねんねする
 僕ら小学一年生
 今朝も通って、またもどる
 すかんぽ、すかんぽ、川のふち
 夏が来た来た、ドレミファソ


なお、上記歌詞の一部は替え唄であって、オリジナルは北原白秋の時代であるのでこうだ。

前段 略
僕ら小学 尋常科(じんじょうか)
後段 略

今は現代風に多くの歌手が歌っているようだ。

ちょうどyoutubeではHanaboyなる歌手が歌っていた。シンプルな良い歌である。

また、「更紗」とは何か?知らないので調べた。

「更紗」は、鮮烈な色彩と異国風の文様で「木綿」という素材を用いて「織り」ではなく「染め」てあることが分かった。
白秋の時代には流行っていたのだろうか?

さらに、「スカンポ」とは標準名「イタドリ」の別名と思っていたが、

一方、「スイバ」も同じ「スカンポ」と呼ぶようだ。


ところで、白秋はどちらの植物を歌ったのだろうかと疑問が湧いたので調べた。

まず「スイバ」。

「ジャワ更紗」の文様(赤やピンクの混合色で)として表現しており、かつ、
季節は「夏が来た来た ドレミファソ。」の歌詞から初夏の頃と分かった。

「スイバ」は以下写真のように4月の時点で朱色の花が咲いていた。
 

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一方、「イタドリ」は若い茎が4月時点で出て来るので同じであるが花はほぼ白色で初秋に咲く。

筆者らは子供の時に、能く採ってその表皮を剥き、かじってその酸味を楽しんだものだが、「スカンポ」と呼んでいた。

以上のことから、ここでの「スカンポ」とは「スイバ」のことであることが判明した。

なお、先に出てきた「ギシギシ」は、さらに違う植物で花の色は「赤色」にはならず「うす黄緑」である。

そして「スイバ」より大型の植物である。

このように、植物は姿が似ていても別の種類であることから伝承や記録に正確さを欠いたり、

また、名称が同じでも全く異なる種であったり、さらに別名や方言があってそれが混同して使われていたりなど、

本当にややこしい世界である。

「天ぷら」の話がおおいに逸れてしまったが植物の話題については本当にいろいろと

尽きることがないという一つの例であろうか。

以上  (作成 磯川)

2014.05.02

二宮竹の里 活動だより (竹林の雪害後の片づけ作業)

活動日:4月27日
竹林の竹が本年2月の大雪で大量に被害をうけた。

倒れた竹はその量が多すぎて片づけ伐採、整備が簡単には終わらない。

既に季節が変わり春になってしまった。
まずは、2月の大雪を振り返ってみる。
①2月7~9日 :低気圧が急速に発達、太平洋側の広い範囲、特に関東甲信・東北で

場所により観測史上最高、あるいは数十年ぶりとなる記録的な大雪。
   
関東は8日夕方〜夜を中心に翌9日未明までほぼ1日降り続き、

東京で45年ぶりの25cm超えの27cm(戦後8位・歴代7位タイ)、

千葉で観測史上最高の33cm、熊谷で60年ぶりの43cm・・・・・。
②2月14~15日 :低気圧が発達し前週(7~9日)とほぼ同様、

東北~近畿の太平洋側の広い範囲で特に関東甲信と東北で記録的な大雪。
関東甲信では陸地に近いところを低気圧が通過、沿岸では15日の未明頃早めに

雨に変わったものの、内陸では寒気が残り朝方まで強い雪が降ったため豪雪となった。

甲府、前橋、熊谷、宇都宮などでいずれも観測史上最高(特に甲府ではこれまでの記録

(49cm)を2倍以上塗り替える114cm)を記録、東京でも先週同様27cmを記録・・・・・。
特にこの2回目の雪はあちこちの中山間地域等で孤立が余儀なくされたり、

道路/鉄道等も長時間もマヒしたこと、あるいは春野菜等のビニールハウスが多く

倒壊した等の経済的/人的にも大被害を発生させたニュースは記憶にまだ新しい。
温暖な当地、二宮でも20cm程の積雪で、12年前から活動を始めて以来の大雪であった。

写真はテラスの残雪の状況。

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この雪は特に湿った重い雪だったので竹の葉の上に積もって、

ついに竹といえども重さに耐えかねて根元付近で座屈したのである。

さらにこれが将棋倒しのように次々と前方の竹を押し倒し大量の竹が割裂、

折れ曲がってしまったものである。
写真は座屈、割裂、折れ曲がった竹の無残な姿。

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これらの徐去作業にあたっては、曲がった竹や折り重なった竹はバネが

効いていて伐ったとたんに跳ね戻って顔にあたったり思わぬ方向に倒れたり

するので、事前に発生事象を予測してから伐り出すこと、一度に長い竹を伐らずに

短く玉伐りするなど注意してゆっくり慎重に作業を進めた。
現在、徐々にではあるが下の写真のように一部が片付いてきたところである。

新しい筍が出て来る5月中旬頃までには完了させようと意気込んでいる。

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以上   (作成 磯川)

二宮竹の里 活動だより(ミカンの施肥~ミカンの苗木植え付け)

活動日:3月8日/4月12日
当フィールドは里山の樹木/竹の保護管理活動だけでなく、

地元農家のミカン栽培のお手伝いもさせていただいているのも活動の一部である。
ミカンの収穫作業ばかりでなく、収穫後の「剪定」・「施肥」・下草の繁茂期間の

「下草刈り」、真夏の「摘果」など一連の手入れ作業を代行しているのだ。
(1) 施肥
施肥は毎年3月、写真のように木の根元の周囲にサークル状に浅い溝を

掘ってそこに合成肥料を播き再び土で埋戻す作業である。
作業は低く横に張り出した枝の下に屈みこむ姿勢のため、結構しんどい

ものである。頭や肩に枝をぶつけることもある。

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(2)老木のミカンの木
ここのミカン畑は戦後間もなくに開墾して苗を植えたと聞いている。

一般的には「ウンシュウミカン」の生産寿命は約25年とのことで、現在、

既にその寿命を過ぎている老木も多い。しかし、不揃いのミカンだが、

まだまだたくさん実るし放置していたらもったいないことから我らが

お世話を継続している。
近年、下の写真のように根元(これはちょうど台木のカラタチの部分)を

シロアリに食われたのか内部が空洞になっているものや、枝が腐って

折れてしまったものが散見される。

しかし、されど、どっこい元気に生きている!

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下の写真は老木のため耐力が劣っていたのだろか、昨年の台風の

強風によって倒れたもの、今年の大雪の時の重みでついに根元から

折れてしまったものである。やむなく片づけたところである。

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(3)新たな苗木を植えるよう依頼される
先般、農家の人から、「空きになった箇所に苗木を植えて欲しい!」

と頼まれたので苗木を増し植えの作業を引き受けたのだ。
苗木は既にお宅の庭内に植えて育ててあったものを、ちょうど新芽が

出る前の頃愛に植えるのが良いとの話であずかってきた。

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苗木は写真のように人の背丈ほどのもの

(庭で数年育てられていて根の張り具合が旺盛。)4本。

高さ50cmほどのもの(昨年購入したという苗で1年間育てたもの)3本。の計7本。
 
苗木の品種は「大津4号」で、近年、この二宮/大磯地区では一般的な品種である。
以下に、「大津ミカン」の特徴を記載する。(netから)
・1964年に神奈川県足柄下郡湯河原町の大津祐男氏が十万温州を母体に、

ポンカンを受粉させた珠心胚実生から選抜した系統で1977年に品種登録されたもの。
・11月中旬から12月上旬に完全着色する。この頃が収穫適期。
・果実は大玉で玉ぞろい良く扁平。果皮はやや厚く果面は滑らかで

光沢があり外観が美しい。
・甘みが強くほとんど酸味が無い。
今までここの畑に植えられているミカンは、「藤中」と言われているもので、

戦前に発見、栽培されてきた古い品種である。
(4)苗木の植え付け作業、支柱設置
4月12日に植え付けを実施。農家の人から、

①大きめに穴を掘り周辺の土も一緒にほぐすこと。

②植え付け深さは接ぎ木してある箇所が埋まらない程度の浅さとする。

③植え付け後は支柱を設置する。

④繁っている葉は少しだけ剪定して取り去ること。

⑤散水を実施すること。等の指示があった。

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支柱については、今回の苗の背丈が高く風による被害を受け易いため、

3本の竹棒を使い三方に配置してしっかりと固定した。最後に畑の脇に

置いてある天水桶の水を根の周辺に十分散水したが、今後、しばらくの期間は

こまめに散水を行なう、特に真夏の日照り等の時は注意して散水を行うつもりである。
(5)ミカンの苗木の台木についての雑学ネタ
ミカンの苗木はカラタチの台木にミカンの穂木を「接ぎ木」して作ることは

知っていたが、あらためてその理由について確認した。(netから)
①カラタチは台木として生長が早く穂木のミカンとの活着・親和性が良いため着果が早い。
②耐病性、耐寒性にも優れている。
等から日本ではカラタチが95%以上使われていることを知った。
一方、カラタチは浅根性のため風害による倒伏・干害による影響が大きいこと、

木の寿命が短いなどの欠点もあるようだ。
したがって、ほかにユズ、ヒリュウ(カラタチの一種)、シイクワシャー

(沖縄の柑橘種)等も多く研究されているようだが、穂木との親和性、

気候環境他による差も多く、夫々一長一短があるとのこと。

また、外国ではさらに違う台木を使用していること等を知ったが、

ミカン農家は随時、新たな付加価値の高い品種に更新しながら営農して行か

ねばならないようだ。反面、我らは楽しみながら行うことであるので申し訳ないが、

ミカンについて少しでも知ってその思いを共有したいと感じている。

今回植えたのが苗木なので何年先になるだろうか?

花が咲き実って初採りが食べられるのは・・・。

今の藤中ミカンとのとの食べ比べが待ち遠しい。

気の長い活動である。以上                (磯川 作成)

二宮竹の里 活動だより(シイタケホダ木製作~本伏せ)

活動日:2月23日/3月23日/4月12日/4月27日

当フィールドではシイタケ栽培を2009年3月から行っている。

毎年、春・秋にはたくさん採れてお昼時の味噌汁の具や

イベントの時の天ぷら・焼シイタケ等のメニューの食材に活用しているが、

5年前のホダ木は大分朽ちてきて、シイタケ発生も少なくなってきたので

新規のホダ木製作を企画した。


(1)原木の採取

原木はこれまでも地元の人からクヌギ材をいただいていたが、

今回はコナラ材をいただく。

伐採は計画では2月中旬に行う予定であったが、

ちょうど異常な大雪の日となってしまい延期した2月23日に行った。

当日はチェンソウやロープ、運搬車等の準備を万端にして現場に向かった。

現場は下の写真に示す吾妻山登山道脇の斜面だが、この登山道はこの時季、

観梅や菜の花を愛でに来る観光客や地元の人達が歩いている。

したがって作業にあたっては、道に監視者を配置して行うなど

歩行者への安全確保に留意した。

さらに、ロープで伐倒方向をコントロールするとともに受口/追口を作って

伐採の基本に沿って行った。受口と追口の設置標準を示す。

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このコナラの木は枝が道路上に伸びて歩行者の頭上に張り出していた。

万が一、強風等で折れた枝が落下する事態も想定できる状況だが、

今回、我々が伐採することによってそのリスクが低減できるので

また違った社会貢献も果たしているのだなぁと感じている。

なお、伐採にあたっては、根元高さ30cm程を残して伐ったので萌芽更新も期待できる。

木は元部の径15~20cm、末口で径5,6cmほどの木を5本伐った。

これを長さ70~80cm程度に玉伐りして全部で約70本をフィールドに運び込んだ。

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原木は、3月末の植菌作業まで約1ヶ月間、

ビニールシートで養生して徐々に乾燥させるようにした。


(2)シイタケ植菌

約1ヶ月乾燥させて活動日に原木に植菌する作業を行った。

発電機、電気ドリル(径8.5mmのビット装着)、種駒打込み用木槌・金槌を準備して集合。

シイタケ菌はホームセンターで販売の「日本農林種菌株式会社」製の棒型種駒を用いた。

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種駒を打ちこむ要領はnet等で説明の要領に基づき、
A:5cm、B:5cm、C:20cmを標準とした。

2列目は1列目に対し千鳥になるように配置し枝の切り落し部や
皮に傷が付いている箇所は2、3個余分に打ち込んだ。

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なお、駒の打ち込み深さは図のように木肌の高さになるよう
打ち込むこととしそのためハンマーは軽打することを旨とした。
今回は、「このような事は初めて!。」という
女性陣にも行ってもらい楽しみながら体験していただいた。

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当日、種駒が足りずに打てなかった原木には次の活動日に植菌した。


(3)ホダ木の仮伏せ

植菌の終わったホダ木は「ホダ木場」に運搬して積み上げ約1ヶ月間「仮伏せ」した。
仮伏せはシイタケ菌をホダ木に活着させ菌糸の伸長を促進させるために

重要な期間である。

その期間適宜散水を行い過度な乾燥と気温低下を避けるため

ブルーシートで覆い養生した。


(4)ホダ木の本伏せ

仮伏せしたホダ木は4月27日に「本伏せ」を行った。
今後、ホダ木への散水や9月までの期間は1ヶ月に一度の天地返し

(上下反転)と裏表返し等の世話を行うこととしている。

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早ければ来年の春、本格的な収穫は来年の秋であろうが、楽しみである。
以上

(磯川 作成)

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