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2014.05.07

二宮竹の里 活動だより(閑貞桜:桜守の話)

活動日:4月吉日

本文の記述時(5月GW後半)、桜は北海道あたりで咲き出して各地で話題になっている?だろうか。

桜のことについては、全国の有名な桜の名所も数知れずあり、また有象無象の輩の蘊蓄語りも
枚挙に遑がないほどで、もううんざりの感もお持ちだろうが一寸辛抱して読まれたい。


当フィールドの片隅に、知る人ぞ知る「原の閑貞桜」の分身が植えられている。
まだまだ成長過程だが今年もたくさんの花が咲いた。(以下画像)

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本物の「原の閑貞桜」は残念なことに2011年に枯死してしまったようだが、

当フィールドにその桜の子孫が植えられたいきさつを紹介する。


(1)原の閑貞桜(はらのかんていざくら)とは

(筆者は本物の初代「原の閑貞桜」は見ていない。netのdataに頼る。)

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(この画像は「長野県信濃町観光協会HP」から拝借した。

2010.4 撮影のものであるが、満身創痍・枯死寸前の画像であろう。涙・涙である。)

場所:長野県信濃町平岡原

名前の由来:江戸時代中期(享保年代;1730年頃)旅僧の「閑貞」がこの地に庵を結んだ時、手植したものらしい。
推定樹齢280年。
『「閑貞」は身の丈六尺の巨漢。由井正雪の孫で倒幕勢力の一味とも見られている。

赤穂浪士が主君の仇を討ち(1703年1月)泉岳寺に引き上げる際に酒屋の

奉公人でありながらも4斗樽の酒を振舞ったというエピソードもあり。

しかし、当時の幕府の取り締まりの目厳しく江戸を逃れて信州に入りついに

当地にて仏門に身を投じた。』とのこと。

この桜の背後には「閑貞」の墓も残っているそうな。

桜の木:形状は根元から1.5mの高さで東西に主幹が分かれ樹高、幹回りは約6m。
エドヒガン系シダレザクラ。

長野県の天然記念物に指定(昭和42年)された。
しかし、2005年頃から樹勢衰え始め2011年5月に枯死。

現在指定は解除された。

現在、隣接してクローン枝の接ぎ木による二代目が生長しているとのことである。


(2)当フィールドに植えられた経緯

作家ニコル氏が「アファンの森財団;長野県の黒姫の森を守るために財団を設立」
したことはご存知と思うが、この「アファンセンター」と閑貞桜の地とは同じ町内で

あるからして、氏もこの桜を能く愛でたであろう。

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前述したようにこの桜は近年樹勢が衰えてきたため信濃町行政や町の観光協会は

救済/復活に乗り出し、樹木/植物に関しての技術集団である「アファンの森財団」に

その手立てを要請したのだろう。

そのことからわがNPO「聚」のメンバーの樹医や、あるいは樹木医等の専門者に

声がかかり色々と治療に取り組んだのだが・・・。

数年の取り組みの結果、しかし結局、老木でもあって時すでに遅し!
であったのだろう、効果なく復活はならなかったようだ。

だが、まだ元気なうちに子孫を残すべく手を打ちクローン枝を生育していたようだ。
当時、アファンの森の活動にも参加していたメンバーがその1本を預かってきた。

7年前の2007年のことである。

苗木は早速、フィールドの片隅の日当たりの良い場所に植えられたのである。

今思えば、これほど速く育つとは予想だにしなかったのだが、当地は温暖なうえ、
我らの水やり、施肥、整枝等の世話をこまめに行った結果であろう、

ぐんぐん育って現在に至っている。


(3)クローン閑貞桜の画像

①移植時は高さ1m、直径1cmに満たない程の苗木が3年後の
2010年4月には人の背丈程に成長して初開花した。

初めての花ゆえ、花房は全部で十数個ほどしか咲かなかったが、

誠におめでたきことである。

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②翌年2011年4月、さらに幹は成長して前年の倍ほどの花が咲いた。

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③昨年2013年、この年は全国的に桜の開花が早かった年であるが、

当地でも3月22日には花が咲き、その数はもう数え切れないほど咲いた。

幹も太く成長して高さは人の背をはるかに超えた。
 

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花を観察すると、少し小ぶりだが花びらの先が淡い桜色を呈している。

そして下向きに恥ずかしそうに咲く風情はまるでリンゴのような赤いほっぺをした

あどけない信濃っ子童女のようであろうか、あるいは、ちょっと視点をかえてみると

このはかなげな感じは、信州の凜とした空気に育ったつつましやかだが

芯が強くしっかり者の大人の女性のようでもある。

かつて、信州松本で青春の一時期を過ごした筆者としては思い出がよみがえり

実に好感の持てる桜と感じている。


④本年2014年4月1日  下の画像のようにさらにたくさん咲いてくれた。
今後、数年後にはもっと大きく咲いて欲しいと思う。

能く有名な一本桜が滝の如く流れているかのように咲いている映像を目にするが、

当地の閑貞桜もそれに匹敵する姿にならんことを期待する。

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(4)番外:当フィールドのシンボリックツリーのヤマザクラについて

当フィールドの斜面の中央に大きなヤマザクラがある。
2002年、フィールド設立当時は数十年の間、繁茂してきたマダケに激しく押されて

息も絶え絶えの状況にあったのだろう、枝も能く伸ばせないありさまであった。

しかし、我らがマダケを伐採除去等の活動整備が効を奏したようだ。

日当たりが良くなったのであろう、年々樹形も大きく生長し毎年4月の初めには

見事な満開の花を見せてくれている。(以下写真)

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今後も、我ら桜守!がますますこまめに手入れをせねばと思っているが、

さらに各季節を彩る樹木/花木/野草にも焦点をあてて活動を進めたい。

以上 (磯川 作成)

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