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2014.06.17

二宮竹の里 活動だより「クヌギ苗木の植林活動と蘊蓄」 

活動日:4月27日/5月10日

当フィールドはスダジイ・アラカシ・ヒサカキなど常緑の高木・中木が多くて、

反対にクヌギ・コナラ・ケヤキ等の落葉高木が少ない。

そのため林内は冬も鬱蒼としていて陽光が十分には届かない場所も多い。

そこで、森林環境を転換・若返りさせることとし、一部のエリアで常緑樹を除伐し

そこにクヌギ・コナラの苗を植えるプロジェクトをスタートさせた。

(1)ドングリ播き第1弾(2009年)

5年前の2009年、Kさんをリーダーとしてプロジェクトがスタート。

早速Kさんは同年10月、クヌギのドングリを100個ほど拾い集めて来て

フィールドテラスの隅の苗床にドングリを播いた。

*遺伝子のかく乱という事態を考慮するとドングリは当該地域産が理想であるものの

今回は県内約35kmあたりのもので問題はないと考えた。

翌年2010年春、発芽した苗を3年ほど育て、

高さ50cm~1m級に生長したので昨年2013年1月・3月、

まだ葉が展開していないうちに約20本を移植した。



(2)ドングリ播き第2弾(2012年)

2012年10月、再び拾ってきた100個ほどのドングリを播き、

翌春発芽した苗をこの時は一旦鉢に植替えて1年間育てた。

今年2014年、高さ30~50cmほどに生長した苗を4月27日、5月10日、

約20本を移植した。下は鉢の中で育ったクヌギの苗である。



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4月27日および5月10日の植え付け後の写真。


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また、同時にコナラ・イチョウの苗も数本「山の神様」の祠の脇に植えた。


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(3)ドングリ播き第3弾(2013年)

昨年2013年も100個ほどのドングリを苗床に播いた。

今年、2014年2月の大雪の影響であろうか?

少し発芽が遅れたようだが5月初旬には一斉に発芽してきた。

(写真は6月時点の苗の状況)

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今後、一部は鉢上げして育てて来年早春に移植する考えである。




(4)クヌギのドングリについて

①ドングリの砲弾型についてその理由を考えてみた

ふつう、「種」というと丸い粒を想像する。

しかし、コナラ、マテバシイのようなドングリ(これは種子=果実なのだが)は

先が尖った「細長い砲弾型」である。

一方、クヌギはそれとは異なりずんぐりと丸く大きい「球体」。

まさにこの形こそが「団栗:ドングリ」。

形や大きさが異なるのは地表に落下したあと、

その子孫が繁栄するための拡散戦略が違うものと考えた。

ドングリが「小さくて軽ければそのまま直下に軟着陸のタイプ」、

「重量がありドスンと落ちてさらに大きく撥ねて拡散するタイプ」など・・・。

クヌギのドングリはまさに爆撃機から落される大型爆弾の如く

枯葉の上にドスンと落ちて撥ねてさらに斜面を大きく転がって拡散させる戦略と想像した。

一方、別の拡散戦略とする試みもあり、リス/ネズミ、

カラス等の小動物に地中や洞に運んでもらい「埋蔵貯蔵」させ、

あわよくば芽を出させる方法もあるようだ。

しかし、いずれの戦略をとってもいったい何個が芽生えることができ

何本が成長できたのか?

その成功確率は全く小さく自然の掟の中では生存競争が厳しい。



②ドングリの選別

秋、母樹の下に落ちているドングリは速やかに播いてやることが肝要。

長期間放置(10日以上も)すると乾燥して発芽能力を失い枯死する。

また、地表に落下したドングリにはすぐに「虫類(蛾の幼虫など)」が侵入し

喰われてしまう。したがって、播く前にドングリの健全度判定を行うが、

水を入れたバケツ等に一旦浸水させて浮上するようなものは取除くことが良い。



③ドングリを播く

ドングリは先端から根が出るので横に置いて播いてやる。

土は薄くかぶせる程度でよくマルチング代わりに枯葉等をかぶせて

雨等があたる場所に置いて極度に乾燥させないよう管理する。

下は2012年10月に苗床の箱に播いた時の写真。

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④ドングリの発根/発芽の形態

ドングリの発芽について、筆者はこの年になってあらためて少年になったような

目と気持ちで観察してみた。

ドングリも野菜の種と同じように発芽して根が伸び双葉が地上に出るのかと思いきや、

ドングリ自体は地中に残ったままで尖った側から根が出て、

そのあと根との境界から幹が上に伸びるのだ。


下は今年5月19日の発芽後の幼苗の写真。ドングリは土の中にあった。

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別のドングリを上方から撮影したものが次の写真。

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2本の柄とドングリがまだ繋がっておりドングリは左右二つに割れてはいないが、

いわゆる双葉に相当するものが中にある。

このような発芽形態を「地中子葉型(地下発芽)」と呼ぶとのこと。

地中の双葉は、葉が展開せず光合成も担っていない。

しかし、デンプンの塊でできた養分を持っていて直接、

根や幹に供給できるので苗は急速に大きくなることができる。

クヌギのドングリは、着物をはだけて大きな乳房を赤ちゃんに含ませているような

肝っ玉母ちゃん?の姿を彷彿させる。生存競争を勝ち抜くための最初の一歩である。


⑤クヌギの苗の育ちは超特急

クヌギのドングリは秋に播いても発根せずそのまま休眠してしまう。

そして、冬季の低温(5℃以下)を経てドングリが熟成すると(後熟という。)、

翌春に地温の上昇に伴い休眠が打破され初めて発根/発芽する。

クヌギのドングリの発芽はしばしば遅れることが多い。

筆者は今年4月中旬、近所の鶏が来て苗床を突っつき掘り返されて外に放り出された

ドングリを見つけたのだが、この時、まだ何の変化もなくもちろん根も出ていなかった。

まだ春眠暁を覚えず!で眠ったままなのだ。

(その時すぐに埋め戻しておいた。)

これが前出写真のように、その後わずか1ヶ月ほどで直根が10cm以上、

幹も20cmほど伸張した幼苗を見て、すごいスピードで生長したものよと驚き感動した。

(憎っくきはあの鶏だがドングリ観察の機会を提供してくれたことは喜ぶべきか。)

一方、コナラ、ミズナラ等のドングリの発根/発芽はクヌギとは異なる。

秋に地面に落下するとすぐに発根して地中に短い根を伸ばして越冬。

春になってクヌギと同じように根の境界から幹が伸びる。

しかし、その生長のスピードはクヌギと較べると遅く、

前出の移植したコナラの苗は5月中旬時点では、

まだ高さ10cmほどのか細い赤ちゃん苗の姿である。

母親のミルクタンクが小さいのか?



⑥クヌギのごぼう根とスギ・ヒノキのひげ根

クヌギの根は「ごぼう根」といわれるように太く長く伸びた直根が特徴である。

これは、広葉樹は深根性/直根型の根を持ち深部の水分を求めて

主根が速く伸びる特性である。

したがって、苗床で数年も放置しておくと1mほども深く伸びてしまい、

移植のため根の下部を切らずに掘り出すには容易ではない。

そのため苗床で発芽させた幼苗は、

ビニールポット等に一旦植え替えて「鉢上げ」をして育てる。

こうすることによって根群が増加し成長も促進される。

運搬もポット苗のまま行い根を乾燥させないように留意する。

今回クヌギの苗の運搬にあたっては地元ミカン農家の方からいただいた

貴重な竹製「ミカン運搬用大型背負い籠」(高さ75cm×径45cm)を用いて

背負って運んだ。(下写真)

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反対にスギ・ヒノキ等の針葉樹は浅根性の「ひげ根」である。

鉢に植え替えず苗畑でそのまま数年育てて、

移植時に畑から掘り出して「裸苗」で運搬して植え付けることが可能である。



(5)番外の話

クヌギ/コナラは生長が速く人々の生活に極めて便利な樹種であるので

昔から生活林、すなわち里山には不可欠な木であった。



以下に、クヌギの原木の利用例を示す。


①シイタケ栽培用のホダ木の原木と萌芽更新の発生

クヌギは適度な厚さのコルク質の樹皮があり、

シイタケ菌が育つには相性の良い最良なホダ木である。

クヌギは生長が速く苗を植えてから10~15年ほどで太さ10cm程の原木に育つ。

伐採する時は切株を残しておけばここに「ひこばえ」が生える(萌芽更新という)ので、

このうち勢いの良い2,3本を残して(もやわけ作業という)生長させる。

これも再び10~15年ほどで再び利用できるわけである。


すなわち10~15ヶ所ほどの伐採地を順番に利用することができれば

毎年伐ることができて、10~15年ほどで一巡させた時には

10~15年前の伐採地は復活しているのだ。

これで永久的に利用できる理屈である。


かつて人々は里山をこのように循環的に利用して生活して来たのだ。

(下は、今年植菌したシイタケ栽培場のコナラのホダ木の写真)

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②薪/木炭などの燃料への利用

わが国の燃料の変遷を簡単に触れる。

江戸時代あたりの人々の生活の主燃料は「薪」であった。

一方、その時代では小規模ながらも製鉄/鍛冶/窯業等の火力を必要とする産業では

大量の薪が必要となった。

そのためそれらの産業が盛んな地域の木は大量に伐り倒されて、

「はげ山」になってしまったとの例も多い。

(燃やすと火力の強いアカマツなどが特に重宝された。

しかし、萌芽更新をしないマツ類は伐採後に植林を継続して行かないと

結局はげ山に変貌してしまうのだ。)

時代は移って、戦後、特に1960年代(昭和35年~)以降、

わが国は重工業中心の高度経済成長時代に突入したが、

それに伴って人々も都市に出てきて生活するようになった。

大規模化した産業界で使う燃料は、

膨大な量の海外からの石炭・石油・ガス等に転換されるとともに、

動力はその化石燃料を使って発電した電気で動く大型モーター等に代わった。

人々(特に都市サラリーマン家庭)の生活も変化し所得もあがるようになると、

こぞって電化やガス化を求めて安全・快適・便利な生活に換えて行った。

(これがわが国の燃料革命であろうか)

このためこれまでの燃料の薪炭は使われなくなり、

燃料としての価値を失ったのである。


下は、わが国の木炭生産量の数字である。

 ○ 昭和26年 220万t
 ○ 昭和50年   7万t
 ○ 平成16年   3万t

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現在は限定的に使用されている特殊な例として、

昔ながらのやり方で行うことが必要なわが国独自の伝統文化継承の分野で

薪/木炭が使用されている。

その代表的なものは、

 ○ 伝統文化:茶の湯炭(ゆずみ):菊炭(きくずみ)
 ○ 伝統料理:うなぎ/焼き鳥の炭火用炭:備長炭(びんちょうたん)
 〇 伝統食品製造:豆腐の豆乳を竈で煮込む時の薪;クヌギ薪

であり、以下に示す。



ⅰ)『茶の湯炭』菊炭について

茶道界では木炭は必需品である。

お茶の点前の前段階には炭をつぎ足す「炭手前」という所作がある。

使用する炭は「菊炭」と呼ばれる

写真の如くの菊の花の文様が現れた放射状の均一な

細かい割れ目ができている炭である。

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太さ・長さ・形が夫々異なる何種類かの菊炭

(それには夫々名前がつきその役割や配置場所が決まっている。)を

「炭斗(すみとり;茶室に炭を運ぶための器)」に入れて丁寧に運ばれる。

下は炭斗の中に正しく配置された菊炭である。 (裏千家/風炉用)

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この時の持ち運び方、さらには炉に炭をつぎ足す時の所作一切、

お客の観賞に堪えうるような振る舞いを行うよう決められているようだが

これも茶道の重要な要素になっている。



この炭の原木は主として「クヌギ」で、焼いた時に美しい文様を現わすとともに

炭質が適度に硬く熱分解しやすいとのことでよろこばれるとのこと。

(ミズナラ、コナラ、カシの原木も使う。)


良質な菊炭を作るためには木炭生産者の高度な製炭技術

(温度や時間の管理ほか)も必要であるが、

何よりも優れた原木の育成/生産の努力が重要である。

クヌギは前述したように生長が速く、

菊炭には細い幹を使うことから8~10年程度で利用できるようだ。

やはり萌芽更新させて持続的に利用するのだが、

真円に近く真っすぐな幹に育て上げるには傾斜が緩く肥沃、

かつ日あたりの良い場所に苗木を植えて適切に管理し育てることが重要とのこと。



ⅱ)『備長炭』について

うなぎを焼くのに有名なのは「備長炭」。

これは叩くと金属音がするほど硬い炭(白炭)であり、

原木は「ウバメガシ」が有名である。

もっとも「カシ類全般」を使い「ナナカマド」を用いたものは極上品であるといわれていて、

備長炭は火力が強く火持ちが良いので炭火焼き用いられる。

しかし、着火が容易でなく湿気等に留意する必要があるなど取り扱いが難しいようだ。

また、現在は偽物も出回っているなどから和歌山県産の備長炭は

「紀州備長炭」とブランド化して差別化を図っているとか。




余談になるが、ホームセンター等で安価で販売されている木炭は、

人件費が安い外国産、とりわけ中国産(禁輸産品のはずだが)が多いようだ。

しかし、中には有害物質が含有しているのではないかと心配されBBQや

水道水の浄化などでは使わない方が安心だ。



木炭製造者は、菊炭製造など高付加価値商品を製造する努力はしているものの、

わが国では結局輸入物に押されて木炭の市場価格が低下しており、

生産者の生業を継続するには容易ではないとのこと。



我々消費者は彼らへのエールも含めて多少高くても

安心できる国産の木炭を購入すべきと考える。



ⅲ)『クヌギの薪』について

先日、6月7日、NHKTVが京都嵐山にある有名老舗豆腐製造販売店「森嘉;(もりか)」を

紹介していた。かつて筆者の実家は「豆腐屋」であって自身も豆腐を作ったこともあるので、

「とうふ」!と聞こえただけでTVに釘づけになってしまったわけだ。


ここでは豆乳の煮込みにあたって、

昔ながらの竈で薪はクヌギだけを燃やしていると言っていた。

クヌギの薪は適度な堅さがあり火持ちも良く煮込みの温度管理もしやすいとのことだ。



便利だが金属的で人間味が無い電気やガスでは心のこもった伝統商品ができないとの

考え方で、代々かたくなまでに踏襲してきたのだろうと察する。

しかし、自信に充ち溢れた顔で王道を堂々と歩いている姿は大いに好感が持てた。





以上が、長ったらしくもなった、我らが行っている

クヌギの植林の紹介とクヌギ談義の一部である。


この我らの植えたわずかな数の「クヌギ」が今後何十年後かに

何かの役に立っていれば幸いである。

(昆虫や野鳥などによろこばれるのは間違いない!!)




そして、何百年の前から日本人が連綿とクヌギと付き合いながら生きてきたことを

考えてみるにつけても、

「クヌギ:橡/椚/国木・・・たかがクヌギ!されどクヌギ!恐るべし! 」

ということで、クヌギには深い愛着が湧くのである。




以上  (作成 磯川)

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