第46回 絶滅(8)減少の原因(背景)
そもそも小笠原の乾性低木林の希少種は、なぜ希少になった(個体数が減少した)のでしょうか。原因は乾性低木林の成立過程に遡ります(以下、私の推測)。
乾性低木林の構成種の多くは沖縄・奄美の照葉樹林の構成種と共通しています(ただし、海洋島であるため沖縄で優占するシイ・カシ類が欠ける)。大昔、小笠原に到着した照葉樹林のメンバーは、雲霧帯(標高500m以上)に湿性高木林を形成しました。その後、島が浸食により低平化しかつ全体に乾燥化が進むにつれ、とくに土壌の発達の悪い場所では構成種が耐乾性を獲得し、湿性高木林は乾性低木林へと変化しました(その過程で多くの種が固有種に進化したと推定されます)。
ただし、当時の乾性低木林の立地は、乾燥一辺倒ではなく、一定の標高以上にある土壌の薄い台地上で、かつ雲霧がかかりやすく、夏場の厳しい乾燥とそれ以外の時期の湿性な環境とが微妙にバランスした場所であったと思われます。しかし、さらなる浸食により島の標高が500mを切ると、恒常的な雲霧帯が消失して乾燥が一層厳しくなったため、乾燥に弱い種類から徐々に個体数が減り、希少種になっていったと考えられます。
そうした中で、私が永久方形区を設置した父島の中央山東平は、最も標高が高く雲霧的な環境が最後まで残っていた場所なので、ここの乾性低木林に集中して希少種が残っていると考えられます。
ちなみに、中央山東平以外の乾性低木林(父島の周辺部、兄島、弟島)では、標高が250mを切り乾燥が一層厳しくなっているので、中央山東平より一足先に希少種が消失しつつあります。希少種衰退の直近の原因については次回にお話しします。
(初出:2021年6月11日)
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