第44回 絶滅(6)乾性低木林の調査
今回は、小笠原の乾性低木林の希少種(絶滅危惧種)をめぐる私の研究結果を紹介します。まず、研究の背景は次の通りです。
1976年4月に私が最初に小笠原を訪れた時には、1968年の施政権返還からまだ日が浅く、小笠原の植生については基本的な情報が欠けている状況でした。そこで、とりあえず小笠原中を歩き回ってどこにどんな植生があるのかということから調査を始めました。
その結果、小笠原の森林は大きく湿性高木林(母島中心)と乾性低木林(父島中心)に分けられること、なかでも乾性低木林は固有種の割合が高く、希少種が多く含まれることがわかりました。さらに、父島の中でも最も標高の高い中央山東平と呼ばれる台地にある乾性低木林に、希少種が集中して分布することを突き止めました。また、シマイスノキ、アカテツ、ヒメツバキなどを優占種とする乾性低木林は、標高150m以上の比較的雲霧のかかりやすい場所に成立する植生であるとの結論に至りました。
次の段階で私が取り組んだのは、なぜ中央山東平の乾性低木林は希少種を多く含み種多様性が高いのか、その状態はどうやって維持されているのかを調べようということでした。そこで、中央山東平の一角に30mx30mの永久方形区(コドラート)を設け、樹高により5つの階層(I-V層)に分けて、実生から親木までの全個体の種名と個体数を記録することにしました。また、低木層以上(I-III層)については個体の配置図を作成して、個体ごとの識別ができるようにしました。1976年に第1回目の調査を行い、以後10年ごとに同様の調査を行うことで、この森林の長期的な動態(とくに希少種がどの様に世代交代をしていくのか)を明らかにしようと考え、1986年(2回目)、1997年(3回目)、2007年(4回目)、2017年(5回目)の調査を行い、41年間の変化を記録することができました。
たまたま第1回目と2回目の調査の間に大型台風の被害(1983年)とリュウキュウマツの一斉枯死(松枯れ、1980年代前半)が起こり、小笠原の森林は大きな攪乱を受けました。この攪乱で明るくなった林床に新たな芽生えが生じて多くの希少種の世代交代が進むのではないかというのが当時の予想でしたが、実際は大外れの結果となりました。次回、41年後にこの森林がどうなったかについてお話します。
(初出:2021年4月16日)
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