第52回 外来種問題(5)聟島列島のノヤギ(1)
1800年代前半に小笠原に寄港した各国の軍艦や捕鯨船は、いざという時の食糧確保のためにヤギ、ブタ、ウサギなどを山野に放しました。彼らは天敵のいない小笠原で個体数を増やしましたが、人間が定住(1830年~)して利用するようになると一定の数に抑えられていたと思われます。 しかし、1945年の日本の敗戦とともに転機が訪れます。
聟島列島の聟島や媒島は戦前の土地利用図などを見るとほぼ全域が森林に覆われていたと推定されます。戦前には定住があり、牧場などを営んでいたということですが、敗戦とともに無人島になりました。小笠原が返還された1968年直後の調査では光景が一変していました。聟島では島の大部分が草地となり、まとまった森林は谷筋などに残るのみとなりました。草原を数百頭のヤギが隊列を組んで進む姿が目撃されました。
地形がより急峻な媒島では草原からさらに土壌侵食が起こって基岩が露出する場所も多くあり、かつて火山活動でできたばかりの裸岩の島に逆戻りしたかのようでした。また、流れ込んだ赤土で上陸地点の内湾が真っ赤に染まっていました。
ノヤギによる生態系の破壊は次のように進むと考えられます。まず、ノヤギは生息場所の岩場の固有植物(オオハマギキョウ、シマカコソウ、ウラジロコムラサキなど)を好んで食べて絶滅に追いやります。数が増えると林床の樹木の芽生えや稚樹、低木を食害するので、背の届く範囲の植物は食べられてしまい、林の中は公園のように見通しのよい状態となります。台風や干ばつで親木が倒れたり枯れたりすると次世代が欠けた森林は更新できず、そのまま空地(ギャップ)が残ります。こうした攪乱が繰り返されると徐々に空地がつながって草原と化していきます。さらに、ノヤギは草の根元まで食い荒らすために土地の裸地化・土壌の流出を招き、最終的には基岩の露出にまで至るのです。
ノヤギは生態系に回復不能なダメージをもたらし、生態系を根底から破壊する力をもつといえます。1945の終戦から1986年の返還までの空白の23年間に、本当に森林から草原への劇的変化がおこったのか半信半疑のところもありますが、昨今の日本本土で見られるシカの食害による森林の後退と草原化の進行を見ると、聟島列島での劇的な変化が実際に起こったとしても決して不思議ではないでしょう。次回は、ノヤギ排除後に植生がどう変化したかについて紹介します。
(初出:2022年12月17日)
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